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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)5831号 判決 1979年2月15日

原告

阿部ミスエ

被告

日本急行運輸株式会社

ほか二名

主文

一  被告らは各自原告に対し、金三二八五万四八二一円及びこれに対する昭和五二年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告のその余を被告らの各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し、金五一三二万七九〇五円及びこれに対する昭和五二年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

昭和四七年一月一六日午後三時二〇分ころ、三重県鈴鹿郡関町坂下地内の道路において京都方面から名古屋方面に向けて進行中の被告川越恵次(以下被告川越という。)運転の大型トラツク(足立一う九六六六、以下本件事故車という。)が進行方向左方道路外へ転落し、そのため、同車に同乗していた訴訟承継前原告亡阿部明嗣(以下亡明嗣という。)は第一二胸椎骨折兼完全背損、脊髄損傷の傷害を受け、その結果腎盂腎炎となり、昭和五二年七月一日腎不全で死亡した。

2  責任

本件事故は、本件事故車を運転していた被告川越において、本件事故現場が下り坂であるからギアを適切に操作してエンジンブレーキを使用し、フツトブレーキの使用を最少限度に押えて走行すべきであるにもかかわらず、これを誤り、フツトブレーキを使いすぎたためにブレーキオイルにペーパーロツクが起き、さらに、ハンドル操作を誤つたために発生したものであるから、同被告は民法七〇九条により後記損害を賠償すべき義務があり、被告日本急行運輸株式会社(以下被告会社という。)は、本件事故当時本件事故車を所有し、その運行の用に供していたものであるうえ、被告川越の使用者であつて、同被告は右事故当時被告会社の業務として蜜柑を運送中で、その間において前記のような過失によつて本件事故を発生させたものであるから、被告会社は自動車損害賠償保障法(以下自賠法という。)三条もしくは民法七一五条一項により後記損害を賠償すべきであり、また被告加藤孝(以下被告加藤という。)は、被告会社の代表者として被告川越について具体的に選任監督にあたつていたものであるから、民法七一五条二項により後記損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

(一) 付添費用

亡明嗣は、本件事故により前記のような傷害を受け、昭和五二年七月一日死亡したが、その間脊髄損傷のため腸骨稜の高さ以下の下半身に知覚の脱失があり、両下肢の運動機能が全廃であつたため付添人の看護、介助が必要であつたところ、その費用として昭和四七年一月一六日から同五一年一月一五日まで(一四六〇日間)は一日あたり金一五〇〇円の割合により、同月一六日から同五二年七月一日まで(五三二日間)は一日あたり金二〇〇〇円の割合により合計金三二五万四〇〇〇円を支出した。

(二) 逸失利益

亡明嗣は昭和二二年七月四日生れの本件事故当時二五歳の男子であるが、前記のとおり本件事故後死亡するまでは全く稼働できなかつたもので、事故前は被告会社に運転手として勤務し、本件事故当時は毎月給与等として金一四万三七七一円の支給を受けていたが、右金額は昭和四八年以降毎年一割は上昇すると思料されるから、本件事故により前記のような傷害を受けなければ、昭和四七年一月一六日から一年間は金一七二万五五五二円、同四八年一月一六日から一年間は金一八九万七七七七円、同四九年一月一六日から一年間は金二〇八万七五五四円、同五〇年一月一六日から一年間は金二二九万六三一〇円、同五一年一月一六日から一年間は金二五二万五九四一円、同五二年一月一六日から死亡した同年七月一日までは金一七三万八二〇四円の各収入を得た筈であるうえ、死亡した昭和五二年七月一日以降は前記方法により算出した昭和五二年の収入金二七七万八五三五円を基礎に生活費としてその五割を控除し、今後稼働可能な三八年間の年五分の割合による中間利息を新ホフマン式によつて控除して亡明嗣の死亡後の逸失利益の死亡時の現価を求めると、金二九一三万二九三九円となる。したがつて、亡明嗣の本件事故による逸失利益は合計四一四〇万四二七七円となる。

(三) 慰藉料

(1) 亡明嗣の慰藉料

亡明嗣は本件事故により前記のような傷害を受け、長期間の入院生活を余儀なくされて死亡するに至つたものであり、その精神的苦痛は測り知れないが、これが慰藉料は金一〇〇〇万円が相当である。

(2) 原告の慰藉料

原告は亡明嗣の実母であるが、同人の死亡により多大な精神的苦痛を受けたところ、これが慰藉料は金五〇〇万円が相当である。

(四) 相続

亡明嗣の相続人として、原告の外に訴外阿部明史、同久住有美、同阿部哲生、同阿部美南子、同阿部志朗が存在したが、昭和五二年一二月六日、右訴外人らは亡明嗣の本件損害賠償債権につきその相続権を放棄し、原告において同債権を相続する旨の遺産分割協議が成立した。

(五) 損害の填補

亡明嗣は、労働者災害補償保険から労災補償として昭和四八年二月七日までに金一一一万五五円、労災年金として昭和五〇年五月から二五か月にわたり合計金四六二万五六四三円(年額金二二二万三〇九円)を、昭和四八年七月に自動車損害賠償責任保険から金五五〇万円以上合計金一一二三万五六九八円を受領した。

(六) 弁護士費用

亡明嗣及び原告は、本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人らに委任し、請求額の一割に相当する金四八四万二二五七円を支払う旨約した。

4  結論

よつて、原告は被告ら各自に対し、本件事故による損害の賠償として、右3の(一)ないし(三)を合算した額から(五)を控除し、(六)を加算した金五三二六万四八三六円の内金五一三二万七九〇九円及びこれに対する亡明嗣の死亡した昭和五二年七月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

1  被告会社、被告加藤

(一) 請求の原因1の事実中、亡明嗣の傷害の部位、程度は不知、同人の死亡と本件事故との間に因果関係のあることは否認、その余の事実は認める。亡明嗣の障害は昭和四八年二月七日労働者災害補償保険法に定める後遺症一級該当として症状が固定し、その後は手動ブレーキの自動車を購入して自ら運転するなど、通常人と変らない生活を送つていたのであるから、同人の腎盂炎は、同人が気持の持ち方、休養、栄養等に対する注意を怠つたために罹患したものというべきで、事故と同人の死亡との間に因果関係はない。

(二) 同(二)の事実中、被告会社が本件事故当時本件事故車をその運行の用に供していたこと、被告加藤が被告会社の代理監督者であつたこと、被告川越が被告会社の従業員であつたことは認めるが、被告川越に過失のあつたことは争う。

(三) 同3、(一)は争う。

(四) 同3、(二)の事実中、亡明嗣が本件事故後死亡するまでの間稼働していないことは認めるが、その余は争う。

(五) 同3、(三)は争う。

(六) 同3、(四)の事実は認める。但し、本件相続による損害賠償債権は人格的、身分関係に基づく特殊の請求権で、一身専属の権利であるから、原告は他の相続人の権利を取得することはできない。

(七) 同3、(五)の事実中、亡明嗣が自動車損害賠償責任保険から金五五〇万円の支払を受けたことは認める。

(八) 同3、(六)は争う。

2  被告川越

(一) 請求の原因1の事実中、原告主張の日時、場所で、原告主張のような事故が発生し、亡明嗣が受傷したことは認めるが、その余は不知。

(二) 同2の事実中、被告川越に過失のあつたことは否認する。

(三) 同3の(一)ないし(三)、(六)の事実は不知。

(四) 同3の(五)の事実中、亡明嗣が労働者災害補償保険から金一一一万五五円、自動車損害賠償責任保険から金五五〇万円の各支払を受けたことは認める。

三  被告会社、同加藤主張の抗弁

1  本件事故当時被告会社は、事故車に亡明嗣を正運転手、被告川越を副運転手として乗車させていたのであるから、亡明嗣は本件事故車の運行に関して管理責任者として被告川越を指揮監督する地位にあつたものであり、自賠法三条の「他人」もしくは民法七一五条一項の「第三者」には当らないものというべく、したがつて被告会社、同加藤に賠償義務はない。

2  仮に、亡明嗣が自賠法三条の「他人」もしくは民法七一五条一項の「第三者」に当るとしても、本件事故は、前記のように正運転手として被告川越の運転につき指揮監督の地位にあつた亡明嗣が危険な箇所は自ら運転するなどの適切な指揮を怠つたために発生したもので、また、被告会社は運転手を採用する場合、運転免許証を有することを条件としており、日頃から交通安全教育として講習会を開催し、無事故運転手の表彰を行なつていたうえ、毎日始業前の訓示等により事故の防止を徹底させ、自動車にはタコメーターを取りつけ、長距離運転の場合の交替要員を確保しているのであつて、被告川越の選任、監督に欠けるところはなく、本件事故車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告会社、同加藤に賠償義務はない。

3  仮に、被告会社、同加藤に損害賠償義務があるとしても、その賠償額は以下のとおり制限もしくは減額すべきである。

(一) 被告会社には就業規則が定められており、同規則六一条によれば、業務上の災害補償については労働基準法第八章に定めるところにより補償する旨定められており、亡明嗣も右規則の限度で災害補償を受けることを了承のうえで被告会社に入社したものであるから、同被告及び被告加藤に右限度以上に賠償義務はない。

また、同法七五条によれば業務上負傷した場合、使用者はその費用で必要な治療を行なわなければならないとされており、治療費は労働災害補償法により支払われているのであるから、付添費用も同法によることが被告会社と亡明嗣との間で合意されていた。

(二) 亡明嗣は前記のように正運転手として経験の浅い被告川越を監督すべき立場にあつたにもかかわらず、これを怠り、日中であるのに助手席で仮眠し、エンジンの不調、ブレーキの故障に気付かず、また鈴鹿峠に入つてから被告川越がブレーキの異常を騒ぎ立てて初めて目を覚したが、そのときには既にブレーキオイルはペーパーロツクを起していたのかエアブレーキも効かず、そのために同被告は狼狽してギヤを低速に入れる操作すら出来ず、またサイドブレーキを引く余裕すらないまま本件事故が発生したもので、亡明嗣において右のように仮眠して監督を怠り、そのために同被告の不審な運転の発見が遅れたことと目を覚ましたのちサイドブレーキを引くなどの適切な措置を執らなかつたことも本件事故の原因を成しているから、亡明嗣及び原告の損害額の算定にあたつては同人の右過失を五割とみてこれを斟酌すべきである。

(三) 原告には労働者災害補償保険から将来にわたつて保険金が支給されるので、損害額からこれを控除すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は、否認もしくは争う。被告会社においては長距離運転のために必要な二人の運転手のうち、入社時期の早い者を正運転手と呼んでいるにすぎず、職務の異なる「正」、「副」運転手という制度はなく、運転手らは同被告からは正、副運転手は交替で運転し、運転をしていない運転手はその間休息を取るよう指示されていたうえ、亡明嗣自身未だ就職後三か月以内で、就業規則上は試用期間中であつた。したがつて、本件事故当時亡明嗣は本件事故車の運行に関する管理者ではなかつた。

2  同2の事実は否認もしくは争う。本件事故が被告川越の過失により発生したことは前記のとおりであり、被告会社、同加藤は同川越を運転手として採用するに際し、具体的な運転技能の試験もせず、同被告作成の履歴書に基づいて質問したのみで採用したうえ、被告加藤自身本件事故の数日前に被告川越が車を損傷させるのを目撃し同被告の運転技能が未熟であることを熟知していたにもかかわらず何ら対応策を講じなかつた。

3  同3、(一)の事実は否認する。被告会社に同被告及び被告加藤主張のような就業規則はない。

4  同3、(二)の事実は否認する。亡明嗣が被告川越を監督すべき立場になかつたことは前記のとおりであり、本件事故は同被告の一瞬のハンドル操作の誤りによるものであつて、助手席の亡明嗣において同被告に注意を与える余裕すらなかつた。

5  同3、(三)は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告主張の日時、場所において、京都方面から名古屋方面へ向け進行中の被告川越運転の本件事故車が進行方向左側の道路外へ転落し、そのため同乗していた亡明嗣が傷害を負つたことは各当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、第二号証、第六号証、訴訟承継前原告阿部明嗣本人尋問の結果を総合すると、亡明嗣は右事故により第一二胸椎圧迫骨折兼完背損の傷害を負い、昭和五二年七月一日腎不全により死亡したことが認められる(亡明嗣が昭和五二年七月一日死亡したことは原告と被告会社、同加藤間で争いがない。)。

被告会社、同加藤は、本件事故と亡明嗣死亡との間に因果関係がない旨主張するが、前掲各書証によると、亡明嗣の直接的死因は腎不全であるが、右は脊髄損傷が原因となつて腎孟腎炎となり、さらにそれが原因で腎不全となつたものであること、同人は本件事故により前記のような傷害を負つたが、その後遺症として腸骨稜の高さ以下の下半身の知覚が脱失し、両下肢の運動機能が全廃し、膀胱、直腸障害があつたことが認められ、以上の事実を総合すると、本件事故と同人の死亡との間に五年の期間が存在するが、両者の間に因果関係があるものとみるのが相当であり、これに反する証拠はない。

二  そこで被告らの責任について判断する。

原告と被告会社、同加藤との間においては、原本の存在及びその成立に争いがなく、原告と被告川越との間においては弁論の全趣旨によりこれを認め得る乙第四ないし第八号証、第一〇号証、証人川越恵次の証言(併合前)、訴訟承継前原告阿部明嗣、被告川越恵次各本人尋問の結果を総合すると、本件道路は鈴鹿峠の中腹を切り開いて建設された、京都方面から名古屋方面へ通ずる国道一号線で、峠の頂上から本件事故車の進行方向に向かつて一〇〇分の三ないし六の下り勾配の幅員八ないし一五メートルのアスフアルト舗装路であるが、半径約三〇ないし七〇メートルのカーブが続いており、本件事故現場附近では車道の幅員が八・四メートル、その両側に幅員一・五メートルの路側帯が設置されていて、その下り勾配が百分の五で、半径五五メートルの右カーブを成し、同道路の右側は山で、左側は路側帯の外側に設置された高さ〇・五メートルのコンクート製の防護壁を隔てて約七メートルの谷となつていること、そして、被告川越はギアを二速に入れ時速約二〇キロメートルで本件事故車を運転して坂を下つて来たところ、本件現場の手前約四三〇メートルの地点でフツトブレーキが効かなくなつたので、サイドブレーキを引いて車を停止させようとしたが、同ブレーキも効かず、さらに亡明嗣の指示でギアを一速に入れ換えようとしたが、入れ換えができずニユートラルの状態にとどまつたためかえつて速度が増してしまい、そのため右側の山へ衝突させて停止させようとしたが、これも対向車があつたために出来ず、やむなく左側の防護壁に衝突させたところ、これを乗り越えて約七メートル下の谷川へ転落したこと、ところで、本件事故車にはサイドブレーキの外に、油圧式ブレーキとエアブレーキが装着されていたが、本件事故前、事故現場の約一・四キロメートル手前をギアを二速に入れ時速約二〇キロメートルで走行中に、エアブレーキのエアの圧力低下を警告するブザーが突然鳴り出してエンジンも停止し、そのためにハンドル操作も不能となつたので、サイドブレーキを引いて停止し、その際は停車後エンジンを始動させ、停車したままで二、三回エンジンの回転を上げると、それまで鳴つていた右ブザーが鳴り止んだので、被告川越としてはエアタンク内に必要量のエアが溜つたものと判断し、ダツシユボードに設置されたエアタンクの圧力計の指針及びその圧力量を確かめずに発進した後、本件事故が発生したものであること、本件事故後警察で事故車両を点検したところ機能上障害のなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、以上の事実を総合すると、本件事故は、被告川越が下り坂でエアブレーキ及び油圧ブレーキを使いすぎてエアが不足状態となり、ブレーキオイルもペーパーロツクを起していたのにかかわらずこれを看過してそのまま走行したためエアブレーキ、油圧ブレーキとも効かなくなり、さらに同被告としてはかかる事態に直面して一層冷静適確にギア操作をすべきであるのに狼狽して適確な操作をしなかつたため発生したもので、本件事故は被告川越の過失に因るものといわざるを得ない。したがつて、同被告は民法七〇九条により後記損害を賠償すべき義務がある。

次に、被告会社、同加藤の責任について判断する。

被告会社が本件事故当事本件事故車を運行の用に供していたものであることは原告と同被告間に争いがなく、また被告川越が被告会社の従業員であること、被告加藤が被告会社の代理監督者であつたことは原告と被告加藤間に争いがない。

ところで、被告会社、同加藤は、亡明嗣は本件事故車の正運転手として、副運転手である同川越を指揮監督すべき立場にあつたから、自賠法三条の「他人」もしくは民法七一五条の「第三者」に該当しない旨主張するので、この点について判断するに、前掲乙第六ないし第八号証、成立について原告と被告会社、同加藤間に争いのない乙第一号証、証人川越恵次の証言(併合前)、訴訟承継前原告阿部明嗣、被告会社代表者加藤孝、被告会社代表者兼被告加藤孝、被告川越恵次各本人尋問の結果を総合すると、本件事故当時、亡明嗣は正運転手、被告川越は副運転手としてそれぞれ本件事故車に乗務していたこと、亡明嗣は、昭和四六年一一月ころ被告会社に入社し、同被告の就業規則上は未だ試用期間中であり、一方被告川越は昭和四七年一月六日に同会社に入社したものであるが、大型運転免許は被告川越の方が亡明嗣よりも一年位先に取得していること、被告会社においては、長距離運転の場合、正、副二人の運転手を乗務させてそれぞれ交替で運転させ、片方が運転しているとき他方は原則として運転席後部のベツド等で睡眠等をとることとされており本件事故時は被告川越が運転し、亡明嗣が助手席で休憩仮眠中であつたこと、さらに被告川越につき被告会社から運転をさせてはいけない区間等について指示はなかつたことが認められる。証人川越恵次の証言(併合前)、被告会社代表者加藤孝、被告会社代表者兼被告加藤孝、被告川越恵次各本人尋問の結果中には、被告会社においては、副運転手は正運転手が眠くなつた時や疲れた時以外には運転してはいけないことになつており、運行の管理責任者は正運転手である旨の供述部分があるが、前掲乙第一号証、成立について原告と被告会社、同加藤間に争いがない乙第二、第三号証、訴訟承継前原告阿部明嗣本人尋問の結果及び右各供述の他の部分によると、被告会社においては就業規則、乗務員服務規定には運転手に「正」、「副」の区別はなく、右区別は事実上のもので、正運転手は通常入社の早い者がなるが、正運転手になると自己の専用車が与えられる外、正運転手手当として月額金五〇〇〇円が支給されるにとどまり、右服務規定でも高速道路を運行する場合、身体に疲労を感じたときは速かに同乗の運転手と交代し睡眠をとるよう定められていることが認められ、これらの事実からすると、被告会社において正運転手は、積荷の保全受渡し等についての責任者ではあるが、他の運転手を監督し、運行を管理すべき立場にあつたものとは認められず、前掲各供述部分は措信できない。そうだとするならば、亡明嗣は自賠法三条の「他人」もしくは民法七一五条の「第三者」に該当するといわざるを得ない。

そして、本件事故が被告川越の過失により発生したものであることは前記認定のとおりであるから、被告会社の自賠法三条但書による免責の主張は、その余の点を判断するまでもなく、理由がなく、被告会社は右自賠法三条により本件事故による損害を賠償すべき義務があるものといわざるを得ない。

そこで次に、被告加藤の、同被告において被告川越の選任及び被告会社の事業の監督について相当の注意を行なつていた旨の主張について判断するに、被告会社代表者尋問の結果及び被告会社代表者兼被告本人加藤孝尋問の結果によると、被告会社では、運転手が出発の際に、運行管理者が紙に書いた安全について配慮すべき事項を運転手に読ませて安全運行を誓わせていた外、帰社後もタコグラフ等によつて安全運行を確認していたことは一応認められるが、一方右各供述及び証人川越恵次の証言(併合前)、被告川越恵次本人尋問の結果によると、被告川越は昭和四七年一月六日に被告会社に長距離トラツクの運転手として採用されたが、その採用にあたつて被告加藤自身がその面接を行なつたものの、同川越の運転経験については以前に貨物の定期便トラツクの運転手をしていたとの同被告作成の履歴書の記載のみを信じて他の調査をせず、運転技術についても実際に確かめることなく、右面接だけで採用し、直ちに和歌山方面への仕事に就かせていること、また、同被告が昭和四七年一月一二日に被告会社内で接触事故を起したのを同加藤自身目撃しているのに、単に亡明嗣に同川越は運転が余り上手ではないから注意するよう指示を与えたのみで、何ら対策を講じていなかつたことが認められ、右事実によれば、被告加藤において、同川越の選任及び被告会社の事業の監督について相当の注意を行なつていたとは到底認められない。

してみると、被告加藤は民法七一五条二項により後記損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

三  そこで、損害について判断する。

1  付添費

亡明嗣が本件事故により前記のような傷害を負い、昭和五二年七月一日死亡したことは前記摘示のとおりであり、前掲甲第一、第二号証、訴訟承継前原告阿部明嗣本人尋問の結果によると、亡明嗣は本件事故直後から昭和四八年二月七日まで入院治療を受け、同日、両下肢の運動完全麻痺下腹部以下の下半身の知覚脱失、排便排尿障害の後遺症を残して症状が固定して退院したこと、その間付添看護が必要で、退院後も家族が排便排尿の世話や褥創の手当等を行なつていたことが認められ、以上の事実を総合すると、事故後右退院した昭和四八年二月七日まで三八九日間は一日あたり金一五〇〇円の割合により金五八万三五〇〇円の退院後死亡までの一六〇五日間は一日当り金一〇〇〇円の割合により金一六〇万五〇〇〇円、合計金二一八万八五〇〇円の付添費用を要したものと推認するのが相当である。

2  逸失利益

亡明嗣が本件事故により前記のような傷害及び後遺症を負い、そして死亡したことは前記摘示のとおりで、右事実から、亡明嗣が事故後死亡までの間稼働できなかつたことは容易に推認されるところであり、成立についての各当事者間に争いのない甲第三、第四号証、訴訟承継前原告阿部明嗣、被告会社代表者加藤孝各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、亡明嗣は昭和二二年七月四日生まれの男子で、本件事故当時被告会社から給与等として毎月金一四万三七七一円の支給を受けていたこと、一般に長距離トラツクの運転手は激務であることもあつて、長く勤務する者は少なく、被告会社におけるその平均年齢は二三歳位であることが認められ、以上を総合すると、亡明嗣は本件事故により受傷、死亡しなければ、本件事故当日から死亡した昭和五二年七月一日までは毎年少なくとも当裁判所に顕著な昭和四七年ないし同五二年度の各賃金センサスの第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者欄の亡明嗣の年齢に相当する欄の収入を、また右以降は稼働可能な六七歳に至るまで毎年少なくとも当裁判所に顕著な昭和五二年度賃金センサスの第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者の平均額の収入を得ることが出来たものと推認するのが相当であるから、これらを基礎に、死亡した昭和五二年七月一日以降は、生活費としてその収入の五割を、またライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息をそれぞれ控除すると、亡明嗣の逸失利益は別紙のとおり合計金三二九〇万二〇一九円となることは計数上明らかである。

3  慰藉料

前掲甲第四号証によると、原告は亡明嗣の実母であることが認められ、亡明嗣は本件事故により長期間の療養生活のうえ死に至る傷害を受け、また原告は息子を失い、それぞれ多大な精神的苦痛を被つたことは容易に推認されるところであり、本件事故の態様、受傷内容、受傷後死亡までの経過、その他本件に顕われた諸事情を併せ考えると、これが慰藉料は亡明嗣については金五〇〇万円、原告については金二〇〇万円が相当である。

4  次に、被告会社、同加藤において、同被告らの賠償義務は被告会社の就業規則で定めるところに限られる旨主張するので、この点について判断するに、前掲乙第一号証、被告会社代表者加藤孝の尋問結果によると、本件事故当時の被告会社の就業規則六一条には、従業員が業務上により負傷、死亡したときは労働基準法第八章の定めるところにより補償する旨定められていることが認められるが、右労働基準法第八章八四条二項は「使用者はこの法律による補償を行つた場合においては、同一の事由については、その価額の限度において民法による損害賠償の責を免れる。」と定めており、右就業規則六一条はその文言及び趣旨からして、被告会社が民法もしくはその特別法によつて従業員に対し損害賠償責任を負う場合にもその賠償責任が制限されることを定めたものとは解し難いから、同被告らの主張は採用できない。

5  過失相殺

被告会社、同加藤は、本件事故は亡明嗣が被告加藤の監督を怠つたことも一因となつており、損害額の算定にあたつてはこれを斟酌すべきである旨主張するが、亡明嗣が被告川越を監督すべき立場になかつたこと及び本件事故直前事故車のフツトブレーキが効かなくなつたことを知つた際に、ギアを一速に入れるよう適確な指示を与えたことはいずれも前記認定のとおりであるうえ、証人川越恵次(併合前)の証言及び同人の本人尋問の結果によると、亡明嗣の席から運転手席にあるサイドブレーキを操作することは不可能で、亡明嗣において異常事態に気づいた後右のギア入れ換えの指示以外に執り得る措置のなかつたことが認められるから、亡明嗣に過失があつたということはできず、したがつて被告らの右主張は採用できない。

6  損害の填補

亡明嗣が、労働者災害補償保険から合計金五七三万五六九八円を、自動車損害賠償責任保険から金五五〇万円をそれぞれ受領したことは原告の自認するところである。

なお、被告会社、同加藤は、原告には将来にわたつて労働者災害補償保険から保険金が支給されるから、これを本訴請求損害から控除すべきである旨主張するが、現実に給付を受けていない以上、これを控除するのは相当でないから右主張は採用できない。

7  相続

亡明嗣が死亡したため、昭和五二年一二月六日その相続人である原告、訴外阿部明史、同久住有美、同阿部哲生、同阿部美南子、同阿部志朗において昭和五二年一二月六日、原告が亡明嗣の本件損害賠償債権を相続し、右訴外人らはこれを放棄する旨の遺産分割協議が成立したことは、原告と被告会社、同加藤間において争いがなく、同川越はこれを明らかに争わないから、民事訴訟法一四〇条一項によりこれを自白したものとみなす。

被告会社、同加藤は、原告の請求権は人格的、身分関係に基づく一身専属権であるから、他の相続人の請求権までをも請求することはできない旨主張するが、原告の本訴請求権のうち、被害法益が一身に専属するものも含まれているが、これを侵害したことによつて生ずる請求権自体は単純な金銭債権であるから、右主張は採用できない。

8  弁護士費用

原告阿部明嗣本人尋問の結果(訴訟承継前)ならびに弁論の全趣旨によると、亡明嗣及び原告は、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人らに委任し、原告において相当額の報酬の支払を約していることが認められるが、本件事案の性質、事件の経緯、認容額に鑑みると、被告らに対して賠償を求め得る弁護士費用は金二〇〇万円が相当である。

四  以上のとおりであるから、原告の被告らに対する本訴請求は、被告ら各自に対し金三二八五万四八二一円及びこれに対する亡明嗣死亡の日である昭和五二年七月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川昭二郎 片桐春一 金子順一)

別紙

<省略>

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